昭和28年の安曇川の水害調査
昭和28年に安曇川の河川が決壊し、その時に13人の方がお亡くなりになられ、1人の方が行方不明の被害がありました。
その時に被害にあわれたFさんの話を聞いてまいりました。
安曇川の決壊は、一般的に二ッ矢の話をよくされますが、今日は、現リバーサイドと川島の間の神明神社のところで決壊された時の話です。先に二ッ矢で決壊し、次に今のところが決壊したそうです。
昭和28年9月25日夕方、当時16歳のFさんは母、姉、姉の赤ん坊と4人で一緒におりましたところ、当時家にあったかばたがカバカバと音がすると、すぐに水が一階の天井近くまで水が溢れ、4人はすぐに二階に避難して一晩二階で過ごし、翌日船で迎えに来てもらって、お寺に避難し難を逃れたそうです。3日程前から雨が降っており、安曇川の水が多いという情報があったが、まさかこのようになるとは予想していなかったそうです。
2日間水が引かず、その後アメリカの進駐軍が重機を持ち込み、堤防を造成したそうです。当時重機を見るのも初めてで、アメリカ軍にお世話になったらしいです。
いまだにこの年になっても台風が来ると、小さいときの記憶が消えず、恐怖心があると言われ、今まで行政関係や議員など聞かれず、この話をしておりませんでしたが、今日始めて清水さんに話をさしていただいた。早く安曇川の河川の安全をしてほしいとおっしゃってました。
清水てつじ
| 2011年06月10日 | 活動日記 |







